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会長の思い出45

 2014-05-01
1987年、結婚して2年が経ち、妻もバンブーの方の仕事は止め
大進の事務所の仕事だけをするようになっていました。
娘ができてから日曜日は休むようになったのです。
その間、経理の担当者が続かず、3人目の年配の男性になっていました。

社長は経理や事務所の人にも
「商売の事をもっと考えろ!事務所からの営業をしなさい。
数字だけいらってたらいいのと違う、もっと経営に役立つ数字を出しなさい。
電話でお客様に商売したり、ダイレクトメールを送るように。」
というようにいろいろ求めますので、人が続かず、
妻がだんだんと経理にも関わるようになっていました。
私も10代の時に帳簿付けやコンピューターをやって経理の勉強もしたのですが、
その頃は配達と営業ばかりで事務的な事は妻に任せるようになっていったのです。

妻は経理の経験は全くなかったのですが、その時いた経理の人が何をやっているのか、
また何をやってきたのかを調べ、追跡し、
わからない事があれば会計事務所に聞いて教えてもらっていたようです。
通信教育を半年やったのですが、全く役に立たなかったと言っていました。

その年の終わりに一人いた経理担当も辞めたので、妻が経理も会計もするようになったのですが、
社長が「この方が数字ようわかるようになってよかった。」と言って珍しく褒めてくれたのでした。
経理や会計の人を次から次に辞めさせて、過去の人への恨みの思いや、
嫁がやってくれる嬉しさや安心感が一気に出て、つい本音が出てしまったのでしょう。

私もそこまでやってくれるようになって本当に嬉しかった事を思い出します。
決算書も自分で作れるようになり、月次決算も出してくれるようになったので
タイムリーに数字が掴め、経営状況が分かるようになったのです。
そういった仕事は会計事務所にお願いしていたんですが、
全部妻ができるようになったので、会計事務所は税務署の連絡係という感じになりました。

特に昔、危機的な状況になった時、金融機関から月次決算や経営計画、
進渉状況等の報告書をしょっちゅう求められたのですが、
即座に出してくれるので非常に助かりました。
金融機関も感心してくれ、信用にも繋がりましたので交渉がスムーズに進みました。

あの時は本当に救われましたし、一人じゃないんだという勇気も湧いてきましたし、
一緒に戦ってくれているんだという実感を強く持ったものでした。
書いているうちに感謝の気持ちが呼び起されました。
社長(父)も本当に喜んでくれたと思っております。

また、社長がハードルを上げまくって、
やれないとわかりきっている人にも無理難題を押し付けているとしか思えないような事を言って
次から次と辞めさせるような状況になって、
「社長はまたむちゃくちゃして」と人から思われるような事になっても
社長は決して手を緩めない、
その様な中、次第に妻は強くなり、
外部の人からも短期間ですごくなったと感心されるくらいに成長したのでした。

社長がいつも言っていた
「多くの人の中で一人無茶苦茶する者がおったらまとまるんや、強くなるんや。」
という言葉は、
本当に考えてやっているのか地で行っているのかこの時も分からなかったのですが、
むちゃくちゃな事を言っているようでも、
本音では自分の思うようにいったような顔で喜んでいるわけですから、
考えてやっていたような気もするのでした。
 
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