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会長の思い出41

 2014-01-02
明けましておめでとうございます。
今年もしばらく、会長の思い出を書いていきたいと思います。

1986年、当時の年末はどんなだったか。
大晦日の12月31日も、もちろん、1月2日からも配達がありました。
12月31日はベーカリーにとってはかき入れ時でした。
その頃は正月用の食パンが飛ぶように売れましたし、
餅をついて売る店も多く、大忙しだったのです。
まだ大進のお得意先も小さい町のベーカリーが300件くらいありましたから、
我々も忙しく、緊急な配達やパンの販売の応援など、てんてこ舞いでした。
会社の大掃除をしている暇が無い状態でした。

だいたい12月は、今と比べると本当に忙しく、
お得意先のクリスマスケーキの販売も一生懸命やっていました。
大進の取引先の銀行や業者さん、会社の周りの工場や企業に注文を取ってもらったり
バンブーのレストランの店頭や大進の近くにある出来島駅の駅前で販売したり
ベーカリーの店頭でも売ってもらったりしました。
顔が広かったですから、会長にもよく注文を取ってもらいました。
ですので、1000個くらいのクリスマスケーキを売って配達もしました。
その当時、阪神間のケーキ屋さんのものを500個注文しましたから、
粉の注文を凄く増やしてもらったのです。

そして年末はお節料理や正月のパンの注文を取って12月31日に配達しました。
12月は得意先も過労で倒れる人が多かったですが、我社の仕事も過酷でした。
うちの社員さんは倒れるような人はいなかったですが。

運送会社の大急も、1月1日の元旦以外は仕事をしていましたので、
私ももちろんトラックに乗っていました。
元旦だけ、大口の得意先の社長様のお宅に挨拶に行きました。
会長はバンブーのレストランやショップの仕事をやっておられました。
こちらの方も12月は、レストランは忘年会や新年会、
ショップはお歳暮の注文と、忙しかったのです。

今はクリスマスケーキは、本格的な洋菓子店やデパートで
高級なものを買い求めて楽しむようになり、
そういうお店は無理に業者に買うようには言われなくなりました。
また、大手さんも休日が増えて消費行動の変化により、
こちらも業者に無理を言われなくなりました。
それで、クリスマスケーキを売ろうとする意識が薄れてしまっています。
正月用の食パンやお節料理も、コンビニやスーパー、大手の外食チェーンなど
1年中営業する店が増えた影響で、減っていきました。
また、町のベーカリーさん自体の数が、その当時の5分の1程に減っていますし、
大急の運送会社もなくなっていますから、12月だからと言って昔ほどは忙しくなくなっています。

私も、年末年始の休みが12月31日から1月3日までの4日間も取れるようになり、
不安な気持ちがいまだにありますが、6年前から普通の世界にだんだん合わせていって
一般常識も身に着けていこうと考えたわけですから、これは続けていこうと思っています。
会長は、ずいぶん変わったなあと思っているでしょうが。

今年の正月は、家族5人が揃って過ごす最後の年になると思われます。
家族5人揃って正月を過ごせるようになった時、
本当に幸せを感じ、生きる喜びを感じたのですが、
子供達が親を離れていくのも、別の喜びがあります。
会長も喜んでくれていると思います。
これからも、頑張って生きてゆかねばいけないと強く感じるのでした。
 
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