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会長の思い出23

 2012-07-01
前回、父とゴルフについてお話ししました。
何にでもとことん燃えてやらなければ気が済まない人でしたから、
本気でやった事は数えきれないくらいあったのですが、
私が知っているだけでも相当ありました。

10代、20代は毎日仕事に追われる日々だったと思いますが、
父からよく聞いたのは19歳の時に
寿司屋をやりたくて修行に行ったという事です。
どういう働き方をしたのか、聞いていませんが、
半年たっても寿司を握らせてくれないので
「半年も見ていたらわかるし、自分で握り方を練習していたから握れます。」
と言ったら「10年早いわ!」と怒鳴られて放り出されたそうです。

後年、レストランをやっていた時に、寿司コーナーを作って自分で握って、
お客様から結構評判が良かったですから、そこそこ上手だったのでしょう。
だからずっと「握るまで10年かかる」というのは
先輩たちが自分の仕事を守るための自己防衛でしかないと言っていました。
「そんな人間にロクな者はおらん。何でも3日でプロになるんや。」と言い放って、
本気で集中して一心不乱に一生懸命することの素晴らしさを語っていました。
そんな人生を60歳くらいまで実践していたと思います。

父が必死になってしていた事

・ダンス
社交ダンスが流行っていた頃(1960年代前半)、
私がまだ4歳くらいの時、よく心斎橋の粉屋の近くの
ダンスホールやキャバレーに連れていかれましたが、
父はいつも一心不乱に踊りまくっていました。
人に教えてもいましたから、先生のような立場になってもいたのでしょう。

子供心に相当上手いのだろうなーと感じていましたが、
ホステスが「僕、可愛いねぇ」と言ってからかってくるので、
私自身はそういう場に行くのが嫌で仕方なかったのでした。


・熱帯魚
これもすごく流行った時があって、事務所に大きな水槽がいくつもありました。
しかし、これは私が幼稚園の時にサーモスタットをいじっていて、
水が沸騰してしまって全部死なせてしまったので、止めてしまいました。
大事にしていた熱帯魚が死んだので怒られると思ったのですが、
「子供やからしょうがないなーもっと気をつけたらよかった。」
と言って全然怒らなかったのでした。


・麻雀
これもよくやっていましたが、後年、業界や得意先の偉いさんから
あんたのお父さんに麻雀教えてもらったんやと、
ゴルフや商売と同様によく言われました。

特に印象に残っているのは、
昭和一桁生まれの方が4人集まって麻雀をする時の凄まじさ。
店の人も「ヤクザがやっているようで
個室でないとやってもらわれへんわ。」と言うのです。
「こら、早よ行ったらんかいや!」
「いつまで考えとんや、金玉ぶら下げとんか!」
と言ってパイが飛んできます。
息子の私がそばで見ていてもお構いなし。
相手3人がお客様なのですが、父も負けてはいません。
「ちょっとくらい待ったりいや、そんなん言うとったら今に痛い目見るで。」
「ほら、ロンいただきー。」こんな調子で、
今だから言えますが、すごくお金賭けていましたから、
子供心にこんな付き合いようせんわと思っていました。

また、お客様と3日間徹マンをやって、
いつも最後まで元気なのは父だけという鉄人でしたから、
「あんたのお父ちゃんには負けるわ。」と言われていて、
結構人気者だったようでした。
そして店でも、昭和40年頃から12卓ある
そこそこ大きな雀荘をやるようになりました。


・ビリヤード
これも同じく流行し、台が6台あるビリヤード場をやっていました。
ここでも父自らインストラクターになり、曲打ちを披露していました。


・魚釣り
これの腕前はわかりませんが、
よく行って魚拓をいっぱい飾っていました。


・写真/カメラ
父が子供の頃、日光を当てて撮る青写真に感動して以来、
写真やカメラに惹かれるようになったようでした。

私が物心ついた頃には、事務所の中にスタジオを造って
撮影会を開いていました。
これも人気で多くの取引関係の人が集まっていたのです。

1975年頃、あんミックスという製品を発明した時も、
パッケージの写真を自分で撮っていました。
写真は夜に撮っていましたから、没頭するといつも徹夜になっていました。
水ようかんミックスを作った時は、写真に竹笹が必要だと言って千里の山へ行きました。
自分の納得できる竹笹を見つけるために竹林の中を探し回ったのでしょう。
帰ってきたら顔や腕が傷だらけになっていました。

70代の晩年は写真・カメラに特化して燃えていました。
亡くなる直前まで、人が行かないような所へ行ったり、
こんなアングルどうやって撮ったのだろうと思わせたり、
撮影に熱中する余り、いろいろトラブルを起こすこともありましたが、
父の情熱に負けて、相手が折れてしまう事も多かったです。
皇居ででも凄い事があったのですが、
ここまで書き出すと無限に書く事が湧いてきますのでもう止めます(笑)。

父はそういう生き様を私や人に見せ続ける事にも、
父なりの意味があったのかなぁとも感じさせられるのでした。

その他、英語に凝った時の事はめっちゃ面白かったのですが、
疲れましたので次回にお話しします。
 
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