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モバックショウ2019出展

 2019-02-01

2月20日(水)から23日(土)までに、千葉県幕張メッセにおいて、

モバックショウ2019(国際製パン製菓関連産業展)が開催されます。

弊社も出展しますが、最近お話をしてきました

CJとの取引30周年を記念した展示になりますので、

ぜひお越しいただきたく存じます。


CJとの歴史や現在のCJ、これからのCJとの取組みについてご紹介しております。

特に、CJとの共同開発で生まれた弊社にしか無い製品を

いろいろご提案しておりますし、

一部ご試食もしていただけるように準備していますので、

ご参考にしていただければと思います。


最近の韓流ブームの影響もありまして、CJの食品も非常によく売れていますが、

その中で大ヒットの美酢の試飲もしておりますので、

イートインメニューとしてご利用いただければと考えております。

今年6月から稼働しますCJベトナムの砂糖調製品工場や、

韓国の調製品工場の視察ツアーも企画しておりますので、

ぜひ弊社ブースでお会いできる事を楽しみにしております。

どうぞよろしくお願い申し上げます。


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明けましておめでとうございます。

 2019-01-01

本年もよろしくお願い申し上げます。

韓国のCJからプレミックスの輸入を始めて30年間の歴史について書いて参りました。

30年前DJ-1・DJ-2というポピュラーな配合のミックスに始まり、

シルラブレッドミックスやケーキマフィンミックスなど大進にしかない

新しい価値の製品を生み出してきました。

これからも、大進にしか出来ない事、大進だから出来る事を追求し、

より良くより安いものの提供に努めていきたいと思います。

2月にモバックショウが幕張で開催されますが、

この一端を皆様にご覧になっていただこうと考えております。

どうぞぜひ大進のブースにお越しくださいませ。

CJとの取引の歴史

 2018-12-01

1988年12月 CJから初めての小麦粉調製品のサンプル(25Kg袋)が届きました。

薄力1等粉 52%と砂糖 48%のミックス粉で、品名はDJ-1と名付けました。

この最初のサンプルは、京都の小麦粉問屋さんに行きました。

京都の老舗のそばぼうろ屋さんでテストされ、合格し、

1コンテナー18tの注文につながりました。

その月のうちに1コンテナーが入荷し、納入にこぎつけました。


最初のコンテナーは大進の倉庫に入ってきたのですが、

粉屋の習慣としてトラックのドライバーが荷下ろしをしてパレットに積んでくれて、

我社はそのパレットを倉庫に入れるだけだと思い込んでいました。

すると、コンテナーを運んできたドライバーは

「我々は荷物を降ろしたりしない。それは禁じられている。」と言うのです。

粉屋のドライバーは、荷物を降ろすどころか、

指定された場所まで ビルの4階であろうが、地下であろうが、

遠く離れていようが、2袋づつ時には3袋づつでも担ぐのが当たり前でしたから、

怒りを覚えたのですが、それが決まりであると言われると仕方がありません。

 

その頃は未だ32歳で、25Kg 袋の小麦粉を毎日数百袋担いでいましたから平気でしたが、

慣れないので2人で1時間半ほどかかってしまいました。

それからしばらくは、1人か2人でコンテナーを下ろすことになるのでした。

これが最初のコンテナーの入荷でしたが、この時は何の問題もなく意外なほどでした。

因みにDJ-1の名DJと言うのは、大進ジャパンの頭文字を取って命名しました。

配合が薄力粉と砂糖が52%と48%となっているのは、半々で良かったのですが、

砂糖が50%未満だと関税率が4%安くなるからでした。

CJから最初のコンテナーの輸入は1988年末という事になりました。

CJとの取引の歴史

 2018-11-01

1988年10月に初めて韓国へ行き、

ソウルのCJの製粉工場を訪問した時に聞いた大阪事務所に、翌11月に伺いました。

江坂にある倉庫内に事務所があるという事で行ったのですが、その住所に見当たりません。

探しているうちに日が暮れ暗くなってきましたので、車を停めて歩いて探し回りました。

すると、そんなに大きくない倉庫のシャッターの横に、

小さな第一製糖大阪事務所という看板を見つけたのでした。

シャッターが少し上がって空いていましたので、覗いてみました。

中は真っ暗でしたが、段ボールボックスが大量に積み上げられており、奥に人影が見えました。

「第一製糖の事務所ですか」と大きな声で尋ねると「そうです」と返ってきました。

そして、電気がつき奥の小さな部屋に通されました。

この方が金 正冠(キム ジョンガン)事務所長でした。

所長といっても、大阪事務所はこの方一人だけでした。

この方が、大進の初代担当者になる人でした。


私は、ソウルでの工場の話をし、小麦粉調製品を売ってもらいたい旨、

また どのように売っていくかを説明しました。

金所長は「いくらで欲しいのですか」と即聞いてこられましたので、

希望価格を少し安めに言ったつもりでしたが、

「いいですよ」とニコっと笑みを浮かべて軽く応えられました。

私はもっと安くなるのかなと思いましたので、

「量を売ったらまたもう少し安くしてほしい」とも念のために言いましたら、

それにも金所長は「いいですよ」と。

「それよりも、この積み上げられた段ボールは、第一製糖の焼き肉のタレで、

ソウルオリンピックまでは飛ぶように売れたのですが、

オリンピックが終わってからは全然売れなくなりました。

いくらでもいいから売ってくれませんか」と頼まれました。


私はディスカウントショップをやっていた経験から、そういうものを捌くルートを知っていました。

非常に安価でしたが全部捌いてあげたのです。

つまり、CJの製品で一番最初に販売したのは焼き肉のタレでした。

金所長はすごく感謝してくれました。

そして、小麦粉調製品の販売に入っていったのです。

CJとの取引の歴史

 2018-10-01

最近毎月紹介しているCJですが、今から30年前の1988年10月から始まりました。

1988年のソウルオリンピックが終わったすぐにソウルに飛び、

CJの永登甫(よんどんぽ)工場に訪問したのがCJとの最初の出会いでした。

この当時CJは第一製糖と言いました。このことは前に何度か紹介していますので、

詳細については省略しますが、CJが小麦粉調製品の製造を始めたばかりでしたから、

ぜひ力を入れて欲しいというラブコールがありました。

この時お会いした池ち工場長は、価格とか取引については大阪に事務所があり、

そこに金きむ 正冠じょんがんという所長がいるのでその人と話してほしいという事でした。

また小麦粉調製品のミックス工場は釜山ぷさんに有るという事で、

ソウルから釜山に行く時間がなかったので、

この時は工場見学もせずに帰ることになりました。

そして大阪に帰り、大阪事務所の金所長に連絡をし、11月に訪問することになったのです。

第一製糖は当時三星グループで(1994年分離される)、

製糖と製粉ができる唯一の会社でした。

そして、製糖も製粉も韓国の業界No.1でしたので、この会社は頼れると、

意を強くしたものでした。

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プロフィール

㈱大進

Author:㈱大進
小麦粉調製品、砂糖調製品などを取り扱っている大進です。
より良いものをよりやすくをモットーに走り続けます!

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